記憶と経験

大月 傑

 

  認知症を持つ方がデイサービスに行って、家に帰ってからご家族に何をしてきた?どうだった?と聞かれてもなかなか思い出せなかったという話をよく聞きます。脳の損傷によって記憶障害が起こるので、新しい事を憶えたり、思い出すのが難しくなるのです。


 しかし、すぐに思い出せないからといって、まったく記憶できなくなったというわけではありません。何をしたか?詳しく思い出せないけれど「何だか楽しかった」という感じを覚えていることもあります。また、繰り返しお会いするうちに、名前は思い出せなくても顔を見て「前に会った事がある人」だと覚えてもらえる場合が多いです。


 オーストラリアのクリスティーン・ブライデンさん(46才で認知症の診断を受けた)は「私たちが最近起きた何か特別なことを忘れてしまったとしても、それが楽しくなかったのだと思わないでほしい。そのとき一時的に空白になっているだけかもしれないから、やさしくヒントを与えてみてほしい。たとえどうしても思い出せなかったとしても、そのできごとを覚えているかどうかが重要なのではない。本当に大切なのは、その時の私たちの経験なのだ。」と言っています。(「私は私になっていく」から※)


 自分の妻や夫が、母や父が、ともに過ごしたできごとを忘れてしまったら、とてもショックだと思います。自分の家族に対する思いや努力を無意味に感じるかも知れません。

 しかし、そのできごとを忘れても、その経験が消えてなくなるわけではありません。家族や信頼できる人と一緒にいる安らぎと、受け容れられ認められる経験によって、日々その時々を穏やかに自分らしく生きることができるのだと思います。

 

※「私は私になっていく」 クリスティーン・ブライデン著 かもがわ出版刊

ささやま里ぐらしステイ

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